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相馬フォロアーチームの活動拠点 LVMH子どもアート・メゾン 

                                         理事長あいさつ

  相馬地方では、東日本大震災後、福島県沖を震源とする震度6強の地震を二度経験し、さらに東日本台風により宇多川や小泉川の氾濫で、住宅の浸水、道路や橋、水道などの交通及び生活インフラ、そして農作物被害など、社会生活に甚大な被害を受けました。また、児童生徒らは、新型コロナウイルス感染症拡大に伴う臨時休業や学年閉鎖等で、学校に登校できない日もありました。授業や各活動、総合的な学習における校外行事が中止となったり、部活動では、中体連や高体連、吹奏楽コンクールなど各大会も中止となるなど、これまで当たり前に行われてきた学校生活が一変しました。生活スタイルが変わり、自宅で過ごす子どもが増えたと聞きます。地域から子どもたちの遊ぶ姿や声もなくなりました。家族や親戚、地区の人々が集うお祭りも少なくなったように思われます。
 時間の経過とともに、自然災害によるインフラ改善やコロナウイルス感染症数の減少は見られるものの、子どもも大人も心身の疲労やストレスは、計り知れないものがあるように感じられます。次世代を担う子どもたちが、豊かな気持ちで生活していける社会にしていくためにも、今、必要とされているのが、地域のコミニティーの創生と一人一人に寄り添った心のケアなのです。
  私たち、相馬フォロアーチームでは、子どもたちや保護者、教員を対象とした心理的支援を行っています。これからも相馬市の子どもたちの健全な育成のための一助になれればと思います。引き続き、皆様のご理解とご支援をよろしくお願いいたします。

  令和5年4月
                                 
                                                                                                           理事長 羽根田 万 通

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令和6年4月から一緒に活動するカウンセラースタッフを募集いたします。

相馬市に関心があり、意欲のある方をお待ちしております。

詳細は募集要項をご覧ください。

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R6年度カウンセラー募集要項.pdf
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「スタッフのコラム」を更新しました!(R5.11.1)

言葉の意味のうつりかわり 

 

以前私は、ホームページに、『用語の誤用』というタイトルのコラムをアップしたことがあります。しかし、その後考え直してみました。別に誤用ではなく、変化したとも言えるのではないかと。たとえば、『煮詰まる』、『破天荒』という表現があります。『煮詰まる』の本来の意味は、「話し合いが十分になされ結論が出せる」という意味ですし、『破天荒』は「今まで誰もしなかったこと、前代未聞」という意味です。それが、前者は「行き詰ってしまった」、後者は「型破り、豪快な」という意味に変わっています。しかも、そちらの方が主流の使い方になっているようです。

 

心理学用語では、『コンプレックス』がその代表(?)の感があります。これは、日常会話のみならず、テレビや新聞、雑誌などの媒体でも、目や耳にすることがあります。たとえば「私は料理にコンプレックスがあるから…」、または「運動に対するコンプレックスを克服して…」などのような使われ方をしています。普通に『劣等感』という意味として使われています。また、その他にも「あいつはマザコン(マザーコンプレックス)だ」とか、「ロリコン(ロリータコンプレックス)だ」と人にレッテルを貼ったりします。前者は母親に対する、そして後者は幼児に対する、それぞれ強い愛着があるという意味合いになり、揶揄する言葉として使われています。

 

では、心理学用語としてはどうなのかということになりますが、愛着などはあくまで、その一部しか表していないのです。そもそも、コンプレックス(complex)は複合という意味です。スキー競技の複合競技(ジャンプと距離)は英語にするとcomplexです。ですから心理学的には「感情によって色づけられた複合体」というのが、本来の意味でした。内容は「何らか感情によって結合されている心的内容の集合体で、それが日常の中で意識活動を妨害し、生活に支障を来す」という何やらわかりにくいものです。どうしてそうなるのか、周囲はもとより、当人すら皆目見当がつかないもので、スイスの精神科医ユングが最初に使ったと言われています。これには「意識」、「無意識」というものが関係しますが、何せ精神分析の用語ですので、全部を説明しようすると長くなるので省略します。ですから自ら「コンプレックスがあって」と言える人は逆にコンプレックスがないか、克服しているということになるわけですね。早くに父親を亡くし、年上の男性を好きになる(これはファザコンになりますか)というようにわかりやすい図式ではないのが、本来の『コンプレックス』なのです。おそらく、『劣等感』と日本語で言うより、軽く耳ざわりが良い感じになることもあるのかと思ったりします。

 

情野

 

参考文献

 

   「コンプレックス」 (岩波新書) 河合隼雄

 

「スタッフのコラム」を更新しました!(R5.8.24)

〇 「人が自立するために大切なことは?」

 

 親であれば、子どもに「自立して欲しい。」と思うことがあると思いますが、それはどのような状態をいうのでしょうか? 経済的に自分一人の収入で生活できるようになることでしょうか? それとも、身の回りのことができるようになることでしょうか? 

児童精神科医であられた、佐々木正美先生はご著書の中でこのように綴られています。

 

~ 自立というのは、孤立して山の中で隠遁(いんとん)生活をすることではありません。社会のなかで、主体性と、そして協調性をもって暮らしていくことが「自立している」ということだと思うのです。(中略)

人に頼ることもあれば、頼られることもある。自分と相手の個性や、能力を考えながらバランスのとれた行動をとれるのが自立で、なんでもかんでも一人ですることが自立ではありません ~

 

とても深い言葉です。自分一人の力で成し遂げられたように感じることでも、自分の知らないところで沢山の方が関わっているということはよくあることです。そのことを理解し、周囲と仲良く過ごしていきながら、主体性をもって生きていくことが大切なのかもしれません。

そのためには、何が大切になってくるのでしょうか? 佐々木先生は、次のようにも述べられています。

 

~ 人との関係のなかで主体性をも発揮できることが自立です。そのためには、人を信じ、自分を信じることが必要です。(中略)子どもはまず無条件に受け入れられることによって、自分が本当に愛されていることを知り、その人を信頼し、自分自身の価値を実感し、そこからほかの人々を信じることができるようになります。 ~

 

“自己肯定感”という言葉を耳にすることがあるかと思いますが、それはありのままの自分を受け入れられるということです。自己肯定感の高い人は、他者にも優しく、ありのままを受け入れることができます。そのためには、周囲の人が肯定的な声かけをしたり一緒に遊んだり、本人が成功した体験を積み重ねていくことが大切です。たとえ勉強やスポーツが少し苦手でも、人として生きていく力を一緒に育んでいきたいですね。                                 阿部

 

 

【参考文献】 子どもの心の育て方  佐々木正美  株式会社河出書房新社

「スタッフのコラム」を更新しました!(R5.7.25)

◯ インターネットと認知バイアス

 SNSや動画サイトが流行の発祥になったりするなど、インターネットの影響力は年々大きくなってきています。インターネットは誰もが情報を発信できる手軽さと情報の拡散力がメリットで、インターネットを情報源として活用している人も多いです。一方で、それが悪い方向に働くこともあります。誤った情報が拡散され、デマやフェイクニュースが流行り、有名人などが過剰に非難される“炎上”という現象も起こります。このような現象はなぜ起こるのでしょうか。それには、私たちの思考・判断の偏りが影響しているかもしれません。
 「思考や判断の偏り」のことを心理学では『認知バイアス』と呼んでいます。認知バイアスは誰にでも起こると考えられていて、思い込みや偏見に繋がります。また厄介なことに認知バイアスは無意識に生じるので、自分でも気づかない内に偏った見方、考え方をしてしまいます。
 そもそも、私たちがインターネットから情報を得ようとする際には、全ての情報を網羅することはできず、自分の好みのウェブサイトや、SNSでフォローしている人から主に情報を収集することになります。また、最近では自分が読んだ記事や閲覧した動画を基に、自分の興味・関心のある話題が提示されやすくなっています。このような仕組みからインターネットは認知バイアスが生じやすいと言われています。
 以下に、インターネット上で見られる有名な認知バイアスを紹介します。認知バイアスについて理解することが防止するためには有効かもしれませんね。

◯ 確証バイアス
 確証バイアスとは、自分が立てた仮説や信念に合った情報ばかりを集めて、反する情報にはあまり注意を払わない傾向のことを言います。インターネット上には、世間が興味・関心を持っているニュースや、政治などのセンシティブな話題も多く流れてきます。その中で、先程説明したインターネットの仕組みにより、自分にとって都合のいい情報だけが入ってくるので、確証バイアスが生じる可能性があります。

◯ 真実性の錯覚
 初めて聞いたときには確信が持てなくても、同じ話を何度も聞くうちに徐々に真実味が増していく傾向のことを真実性の錯覚といいます。SNSなどで情報が拡散されると、目に触れる機会が多くなり、デマやフェイクニュースでも真実に見えてしまうのかもしれません。

 

【参考文献】イラストでサクッとわかる! 認知バイアス 誰もが陥る思考の落とし穴80

       池田 まさみ/森 津太子/高比良 美詠子/宮本 康司【監修】

 

「スタッフのコラム」を更新しました!(R5.5.10)

●人はどうして周りに合わせてしまうのか? -『同調実験』についてー

 新型コロナウイルス感染が広まりかけの頃、マスクをしていない人に目くじらを立てる人がいて、極端な場合『マスク警察』なる人たちが現れたと聞きます。そして今度は感染者数が減って、マスク着用が個人の判断となりました。それでも、皆マスク習慣が抜けず、もうずっとマスクをしようという人もいます。また、本当ははずしたいと思っても、周囲がはずさないという『同調圧力』から、はずせないでいる人もいるのが事実のようです。どうして、自分では良いと思っていても、周囲の人の多くが違う判断をしていると、ついついそちらに合わせがちになるのでしょうか。このように、人と歩調を合わせることを『同調行動』と言います。

 

 多数派による社会的圧力が個人の意思決定にどう影響するか調べる実験を行った人が過去にいました。それは、ソロモン・アッシュの『同調実験』として有名で、次のような実験です。

    被験者は6人~8人であるが、本当の被験者は1人で、残りは偽の被験者いわゆるサクラである。

    全員が視覚に関する簡単な問題が18問出され、すぐ正解がわかるものばかりであるが、解答は全員の前でしなければならない。

    本当の被験者が答える順番は、最後か最後から2番目である。

    全員にまず線が1本描かれたカードを見せ、次に長さの違う線が3本描かれたカードを見せる。

    3本の線のうち、1本の線と同じ長さと同じものはどれか1人ずつに答える。

    最初の2問は全員正解を答えるので、被験者は安心して答えることができる。

    しかし、3問目からはサクラが全員、解答を間違い始める。

    サクラが誤答するのは、18問中12問である。つまり、この12問に本当の被験者がどう答えるのかに注目する。

    周囲の全員が明らかに誤った解答をした場合、本当の被験者も皆と同じように誤った解答をするのか、これを調べるのが実験の目的である。

 

 実験の結果は、周囲の明らかな誤答に同調して、75%の被験者が少なくとも1回は誤答するという驚くべき結果でした。全体としては、被験者は32%(37%と書かれた本もあります)の確率で同調していました。また、アッシュは『同調行動』に影響を与える集団の人数も調べています。3人以上人がいると、同調行動が顕著に見られることがわかりました。比較する線の長さがよく似ていて判断が難しい場合も、同調しやすくなることがわかり、人は不確かなことがあると、他者を頼る傾向があることを示しています。そして、難しい課題であればあるほど、同調する確率が高くなるのです。多数派の『同調圧力』に屈しないのは、結構難しいということなのでしょう。なぜこのようなことが起こるかという理由は2つあることもわかりました。1つは『規範的影響』と呼ばれ、人は帰属する集団の要求に応えてその集団に適合したいと思うということです。もう1つは『情報的影響』で、集団は自分よりも情報を持っている、よくわかっているはずだと考えるためです。社会的圧力によって個人の認識がどれほど変わり得るかがはっきり示されました。周囲に合わせすぎるのもどうかと思いますが、まったく我が道を行かれるのも困ったもので、加減が大切ということでしょうか。

情野

「スタッフのコラム」を更新しました!(R5.2.3)

○マシュマロ 我慢できますか?

 

心理学の有名な実験に『マシュマロ・テスト』というものがあります。これは、スタンフォード大学で行われた45歳の子どもたちを対象とした実験で、子どもたちは机と椅子のある部屋に案内されます。机の上には一つのマシュマロが置いてあり、大人から「このマシュマロをあなたにあげます。もし15分食べるのを我慢できたらもう1つあげます。食べてしまったら2つ目はありません」と言われます。大人はそのまま部屋を出ていき、部屋には子どもと1つのマシュマロという状況に。子どもたちは言いつけ通りに我慢できるかもしくは誘惑に負けて食べてしまうのか、という『自制心』を見ていきます。

実験の様子の映像がネットに公開されているので、気になる方は調べてみて下さい。我慢している子どもたちがとても可愛らしいです。

 

この実験ではどのようなことが分かったのでしょうか。研究者は実験に参加した子どもたちの生活を1020年にわったて調査していきました。その結果、マシュマロを我慢できた子どもは、我慢できなかった子どもよりも、大学進学適性試験の成績がよく、社会的に成功する確率が高いことが分かりました。

つまり、自制心があるかどうかが、私達のその後の生活に影響を与えているということです。私たちは日々誘惑を我慢しながら、勉強や仕事に取り組んでいます。45歳からそのようなことをコントロールができる能力があれば、将来、社会的に成功するのも理解できます。ここまで読むと『自制心を育てれば、将来成功するのでは?』と思う人もいるかもしれません。ですが、それは少し違うようです。

 

この研究が発表された後、違う研究者が同じ方法で再び実験を行いました。そうしたところ、前述したものとは違う結果になりました。我慢できなかった子どもたちの多くが不安定な家庭環境で過ごしていることが分かり、将来の成功に影響を与えているのは、自制心ではなく家庭環境という結果になりました。自制心は安定した家庭環境で育った結果、獲得するものなのかもしれませんね。

 

飯髙

「スタッフのコラム」を更新しました!(R4.12.2)

〇「子どものためのマインドフルネス」

 

 最近、“マインドフルネス”という言葉を耳にする機会が増えたように感じますが、どのようなものなのか、よくわからないという方も多いと思います。

 マインドフルネスとは、いろんな雑念にとらわれずに、「今の気持ちや体の感覚」をありのままに感じ、受け入れていくことを言います。

 

現代のこども達は、スマートフォンやインターネット、ゲーム機などに接する機会が多く、ぼーっとして、自分の気持ちを感じる時間は少なくなっているのではないのでしょうか?自分の気持ちや体の状態がわからないと、コントロールする事も難しくなり、様々な問題に発展します。

マインドフルネスを行うと、集中力や気力がアップしたり、イライラした気持ちが落ち着く効果があるといわれています。

 

 キラ・ウィリーさんが書かれた、「子どものためのマインドフルネス」という本では、「ゆっくりとロウソクの火を消すことをイメージして行うワーク」や、「冬眠中のクマになりきって、ゆっくり深呼吸を行うワーク」などが、書かれています。挿絵もとても可愛らしく、読んだ方の想像力を膨らませてくれるようなものになっています。この本の訳者である、臨床心理士の大前泰彦さんは、全体が落ち着きのない状態になっていた学級の子どもたちに、「深呼吸や、まわりの音や匂いを感じるワーク」を毎日繰り返し行うことで、子どもたちの状態が落ち着き、学級内でのトラブルが減った経験をされたことがあるようです。大前さんは、「おしゃべりをやめなさい。」など行動を制止する発言は、行動を否定する事でもあり、やる気に繋がる能動的な行動には繋がらないとおっしゃっています。マインドフルネスは、能動的な行動であり、集中力やイメージ力を育てることに繋がるようです。

 

 このように、あまり難しく考えずに取り入れる事ができます。動物になりきったり、好きな物に囲まれていることを想像して、ゆっくり深呼吸をしたり…。

ぜひ、お子さんと一緒に試して頂けると良いと思います。

阿部

 

【参考文献】 心が落ち着き集中力がグングン高まる!子どものためのマインドフルネス                   株式会社創元社   キラ・ウィリー著  大前泰彦訳

「スタッフのコラム」を更新しました!(R4.10.5)

○家に帰るまでが…

 

 みなさんは『家に帰るまでが遠足ですよ』というフレーズを聞いたことがありませんか?

これは、遠足から学校に戻り、解散して家に帰る時、学校の先生(校長先生?)に言われる言葉のようです。楽しい遠足が終わり、気の緩みから事故に遭わないように気をつけて帰るように言う訓示だということです。

 

これをネットで調べていると、『テンション・リダクション効果』というマーケティング用語が出てきます。上記のような何らかの楽しみが終わった後に気が緩むこともありますが、大きな買い物のあとだと、他のものまでつい買ってしまうという心理状態のことです。緊張や不安の糸がほどけた時に起こるようです。ネットでの買物で、『これを買った人は、これを買ってます』とか『あと○円の購入で送料がタダになります』というように、目的の商品を購入したあと、このような案内が出て、よりお得になる気がして、買ってしまうことのようです。この場合、気の緩みを利用したものです。でも、それよりは、『家に帰るまでが云々』の言い換えのバリエーションがあるように、いずれも気を緩めずという使い方をしていることが多いようです。

 

 さて、これを『家に帰るまでが…です』の『…』のところに、『カウンセリング』と入れたらどうでしょう。クリニックやカウンセリングルームでの、カウンセリングを終え家に帰る時、もちろん気をつけて帰る必要はありますが、それだけではないと思います。気持ちがスッキリすることもありますが、カウンセリングとはそもそも、自分の問題を解決するための手助けで、受ける人が最終的に解決を目指すものです。ですから、カウンセリングの時間の終了が終わりでなく、次回までの間に考えたりすることが大切なのです。ずっと考えているわけにいきませんが、せめて帰り着くまであれこれ考えるのも意味があります。ただ、そうなると、新型コロナウイルス感染によって一躍脚光を浴びた、Zoomを使ったオンラインカウンセリング、LINEというツールを用いた、いわゆるSNSカウンセリングはどうなるのか疑問が出てきます。“帰るまで”はなく、そもそも出かけてなかったりするわけです。回線を切った途端では早いような気もします。逆に考えすぎたり…。実際どうなんでしょうか。でも、そんなことを考えるのは私だけでしょうかね。

 

情野

「スタッフのコラム」を更新しました!(R4.8.19)

 小中学生の皆さん、楽しかった夏休みも終わり、2学期が始まりますね。夏休みの宿題はもう終わりましたか。皆さんは、宿題をやっているときについ別のことを考えてしまい、宿題があまり進まなかった... という経験はありませんか?

 

 このような現象を心理学では『マインドワンダリング(Mind Wandering)』と呼んでいて、今やっていることと、関係のないことを思い浮かべる現象を指します(ワンダリングとは「さまよう」という意味です)。授業中に全く関係のないことを思い浮かべてしまう、気づいたら過去の失敗について考えていた、といった経験は誰にでもあるのではないかと思います。実際に、一日の内に約40%はマインドワンダリングをしている、という研究データもあります。

 

 では、マインドワンダリングは私たちの生活にどのような影響を与えているのでしょうか。いくつかの研究では、マインドワンダリングによって注意力が低下し、成績が低下する、作業のスピードが落ちる、などの悪い影響があると分かっています。確かにその通りですが、悪い影響だけかというとそんなことはありません。良い影響を与えていることも報告されています。例えば、創造的思考を促進し、良いアイディアが思いつく、将来の計画についてきちんと考えることができる、精神的なリラックス効果がある、などです。

 私たちの生活に良くも悪くも影響を与えているマインドワンダリングですが、誰にでも起こる現象だからこそ、上手く付き合うことが大切になってきますね。

 

飯高

<参考文献>

関口貴裕, 森田泰介, & 雨宮有里. (2014). ふと浮かぶ記憶と思考の心理学─ 無意図的な心的活動の基礎と臨床─ 北大路書房. など

 

「スタッフのコラム」を更新しました!(R4.6.1)

〇「共感的な理解を深めるもの…」

 

 私たち心理士、カウンセラーと称される職業にある者は、「共感的な理解」を大切にしています。

でもこれは、特別な事ではなく、「そうだったんだねぇ。」「辛かったね。」など、相手の気持ちに寄り添うような声かけも含まれ、みなさんも日頃行っている事だと思います。私自身も周囲の方のそういった心遣いにとても救われています。そして、私自身も相手の話を聴かせて頂く時には、そうした「共感的な理解」を心がけています。そしてその時には、相手の言葉からどんな状況だったのか想像力を働かせる事もしますが、自分自身も過去に同じような経験をした事がある場合はその時の感情を少し取り出して参考にする事があります。もちろん、自分が体験した事と相手が体験した事は同じものではないので、誤った理解をしないように気を付けています。

 

 ご高齢になられても第一線でご活躍なされた、医師の日野原重明先生は、ご著書の中で次のように述べられています。

 

 ~ほかの人の痛みをそのまま体験することはできません。 

   けれど、共感することならばできます。~

 

日野原先生は、ご自身が大学1年生だった時に、結核を患い8ヶ月もの間ベッドから立ち上がる事ができずに大変苦しい思いをされました。病気になると、体の具合が悪いだけではなく、心も元気がなくなってしまうこと。勉強できずに、強い焦りを感じたこと。夜の病棟で感じた絶望感…。その後大変素晴らしいご功績を残される医師になられたわけですが、この時の辛い体験が後に医師として働く上で役に立ったとおっしゃられています。

 

~患者さんがどんな痛みで苦しんでいるのか、そして病気のためにどれほど気持ちがふさいでしまっているのかを、わたしは自分の病気の体験を手掛かりにして想像することができます。~

 

 今、悩んでいることや辛い思いをしていることは、誰かの苦しい気持ちに共感するその時に、そっと取り出せる大事な財産になるかもしれません。そして、その深い共感的な理解は誰かの生きる力を応援してくれるのだと思います。

                                           阿部

 

 

【引用文献】 日野原重明  十歳のきみへ-九十五歳のわたしから

 

 (株式会社冨山房インターナショナル)

「スタッフのコラム」を更新しました!(R4.4.27)

○賢いハンス

 

 よく、「うちの犬は言いつければ新聞を取って来る」だとか、「うちの猫はいただきますとしゃべる」とか、自分が飼っているペットの賢さを自慢する日本国民の何と多いことか。(『チコちゃんに叱られる』風に)

 

 かつて、19世紀末から20世紀初頭にかけた頃のドイツに人間の言葉を理解し、足し算、引き算、掛け算、割り算など計算は言うに及ばず、日付、時間、音階も理解できることで一躍名をはせた一頭の馬がいました。ハンスという名前でしたが、人語を理解し計算ができることから、『りこうなハンス』と呼ばれていました。心理学の教科書には、“賢いハンス”または“賢馬ハンス”などと記載されています。

 ドイツ人のフォン・オステンさんが、高等動物は人間と同じくらいりこうであると考え、1頭の馬ハンスを約2年の歳月をかけて教育しました。するとハンスは自分の考えを伝えるのに「そうだ」、あるいは「ちがう」というふうに首を振りました。その他の種類の答えを要する質問(算数)への回答は、前足のひづめでとんとんと床を打ち鳴らして知らせるようになりました。それから、オステンさんはハンスが質問に対し首を振ったり、ひづめを打ち鳴らす様子をドイツ中見せて回りました。2年もすると『りこうなハンス』の名で有名になりました。実際は多くの人は半信半疑でしたが、オステンさんはハンスを金もうけの道具にはせず、見物料も取りませんでした。批判的な質問にも嫌がらず答えていました。調査委員会が結成されても受け入れていました。その委員会によって、正真正銘賢い馬であるとお墨付きをもらったことがあります。その後、結果を聞いた心理学者のプングストが,検証をやってみました。問題の正解を知らない人をハンスの前に置くと、ほとんど正解しなくなりました。ハンスは質問者をじっと見つめながら、ひづめをいつまでも打ち鳴らしていました。実はハンスは本当に答えを知っていたわけではなく、人の表情や動作等に反応していたことがわかりました。

 

 後に『クレバー・ハンス効果(現象)』と命名され、観察者期待効果(観察している人が望む結果を導き出す)と言われました。また、人間や動物は他の個体の表情や仕草を参考に判断することが多いと社会心理学でも言われることがあったとか。もしかすると、馬がその場の空気を読んでいたのでしょうか。ただ、ハンスを教育したオステンさんは、癇癪持ちで、できないとハンスにお仕置きしたりきつく当たったそうなので、怖くてそうなったのかも知れません。馬にしても、人間にしても、痛い思いはしたくないですからね。

情野

 

 

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「スタッフのコラム」を更新しました!(R4.2.2)

                            ●『夜と霧』に学ぶ


 私たちは、新型コロナウイルス(COVID-19)の蔓延という、いまだかつて経験したことのない状況下の世界に生きています。私たち人類は根絶すべく対策を講じていますが、新型コロナウイルスはそれを嘲笑うがごとく、手を変え品を変え株を変え、その都度感染を拡大させ、いつ終わりを迎えるのかわかりません。この不確実さの中、経済を含め生活の不安に晒されたり、日々の閉塞感に苦しむ方もいるかと思います。私は何ら実効的な解決策は提案できるわけではありません。しかし、もう少し耐えるために、70年以上前の第二次世界大戦中、アウシュヴィッツに代表される強制収容所で、生き抜くため実践された知恵が参考になると思います。

 

それは、オーストリアの精神科医フランクルが、自身の強制収容所体験について書いた『夜と霧』です。収容所は衣食住、どれをとっても満足とはほど遠い極限状態の中、加えて厳しい労働も強いられる場でした。しかも、この状況がいつ終わるか、収容者には予想できないのです。当時の明確な終わりは、絶望し、生への意欲を失って、ガス室に送られるという形しかなかったのです。

 

フランクルは、建築現場で働いた時、気心の知れた仲間と毎日義務として最低一つは〈笑い話〉を作ることを持ちかけました。その題材に選んだのは、いつか解放され、故郷に帰ってから起こるかも知れないことを想定したものでした。ユーモアとは「ほんの数秒でも、周囲から距離をとり、状況に打ちひしがれないために、人間にそなわっている」もので、自分を見失わないための“魂の武器”になると、フランクルは言いました。

 

話は少し変わりますが、現代では“笑い”の効用は科学的にも解明されつつあると言われます。口角を上げ笑った表情を作るだけで脳が影響を受け、考え方がポジティブになるということがわかってきたのです。脳内物質のエンドルフィンが放出され、脳が楽観的になり、前頭葉が前向きに機能するのです。その意味では、無事解放され帰郷できた時の〈笑い話〉をするのは、まさに効果的だったと考えられます。

 

また、フランクルは、自然や芸術に触れる体験も生命力の充足に奏功したことを語っています。「わたしたちは、アウシュヴィッツからバイエルン地方にある収容所に向かう護送車の鉄格子の隙間から、頂が今まさに夕焼けの茜色に照り映えているザルツブルグの山並みを見上げて、顔を輝かせ、うっとりとしていた。(略)何年ものあいだ目にできなかった美しい自に魅了されたのだ」と。またある時は「秘密の巨大地下軍需工場を建設していたバイエルンの森で、今まさに沈んでいく夕日の光が、そびえる木立のあいだから射しこむさまが、まるでデューラー*の有名な水彩画のようだったりしたときなどだ」と。はっきり書かれているわけではありませんが、感動するという感情を忘れないことが、生存には欠かせなかったのだと思われます。

 

 

現在、私たちの置かれた状況は、強制収容所のように過酷なものと同等だとは、言えないかも知れません。それでも、極限状況で生み出されたこの“英知の結晶”が役に立つ時なのではないでしょうか。

                    情野


*アルブレヒト・デューラー ドイツのルネサンス期の画家、版画家、数学者

 

参考文献: 夜と霧(みすず書房)新版 フランクル,V.E著 池田香代子訳

 

       プロフェッショナルたちの脳活用法(NHK出版) 茂木健一郎 / NHK「プロフェッショナル」制作班

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「スタッフのコラム」を更新しました!(R3.12.1)

 

 12月になり本格的に冬が近づいてきました。寒い朝は布団から起き上がるのを辛く感じますね。布団に纏わる話という訳ではありませんが,今回のコラムでは「安心毛布」というテーマで話をしていきたいと思います。

 

 さて,スヌーピーで有名なPEANUTSという漫画に登場するライナスというキャラクターは,いつもお気に入りの青い毛布を携える姿がトレードマークです。このライナスの毛布を「安心毛布」と呼ぶようです。乳幼児は断乳などによる不安やストレスを和らげるために毛布やタオル,ぬいぐるみなどを肌身離さず持ち安心を得ることがあります。そういった愛着対象を心理学では「安心毛布」と呼びます。

 

 またイギリスの精神科医ドナルド・ウィニコットが提唱した「移行対象」という概念は,この「安心毛布」の観点から解説されることがあります。「移行対象」とは移行期と呼ばれる1~3歳頃に肌身離さず持つ無生物の対象で,特に不安が高まったときに抱きしめたり握りしめたりする愛着対象を指します。

 乳幼児は必要に応えてくれる母親に依存し,常に欲求が満たされることで全能感という錯覚を持ちます。ウィニコットによると,移行期に躾などが始まることでその錯覚が崩壊されるといいます。それによって,子どもは失敗し,欲求不満の体験や不安感を持ちますが,この時に母親の感覚を思い出させる移行対象に触れることで,欲求不満や不安を軽減させようと試みます。

 子どもの主体性などが育つと外の世界と安定した相互作用ができるようになり,全能感は適度な自尊心へと変化していくといいます。このことをウィニコットは脱錯覚と呼びました。移行対象は乳幼児期の脱錯覚されていく過程における代理的対象になるのです。

 

 子どもは環境が大きく変化する時に不安を抱きますが,その不安感情を和らげようと「安心毛布」を持ち続ける様子がみられることがあります。「安心毛布」から無理に離そうとせず,それが自立の一歩であると理解して,見守ることが大切かもしれません。

 

城戸

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「スタッフのコラム」を更新しました!(R3.10.1)

 

 10月は別名「神無月」とも言います。この名称の由来について、一説に出雲大社のお話があります。

 

 10月は日本全国にいる八百万の神様が出雲大社(島根県出雲市)に集まり、会議をする時期と言われています。つまり、その時期だけ神様が地方からいなくなってしまうので、神が無い月、神無月と呼ばれるようになったとするものです。ちなみに、地方に全く神様がいないのも心もとないので、留守番をする神様もいたそうです。留守番をする側も、それはそれで気疲れしそうですが、余計な心配でしょうか。

 

 神様の会議では縁結びなど、人の運命に関わることについて話し合っていたそうです。そのためか出雲大社は縁結びとして有名です。一方、私達の社会では感染症の影響により会議も減っていると思います。神様はわかりませんが、私達も会議で大事なことを話し合う時にしっかりとした検討ができているでしょうか。

 

 ポーランド出身の心理学者であるソロモン・アッシュは、集団行動についてこんな実験をしました。

 

 8人の協力者を集めクイズを出しました。そのうち7名はサクラで、簡単な問題にわざと間違います。残った1人は自信を持って正答を言えるか、という実験です。これを何グループかに試したところ、全体の75%の人が間違った答えを言ってしまう、という結果が出ました。

 

これは「同調現象」と呼ばれるものです。日本人は「和を重んじる」とか「出る杭は打たれる」と言うように、他の人と違うことをしない傾向があるので、この同調現象が起こりやすいと言えます。

 

私達は神様ではないので、人の縁結びを同調現象で誤った運命にすることはありませんが、普段の生活では大切なことはハッキリと口にする勇気も持ち合わせたいですね。

 

 

 

守屋

 

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「スタッフのコラム」を更新しました!(R3.8.1)

○マスクの違和感~アモーダル補完~

 

以前から、本来の衛生上の理由ではなく、常に人前ではマスクをしている“伊達マスク”の人はいましたが、あくまで一部の人でした。ところが、現在のコロナ禍にあっては、マスクがマストアイテムになりました。初対面の時から、素顔ではなくマスクをした状態であることが常態化した感じになっています。マスクをした顔に慣れてしまうと、その人が何かの拍子にマスクをはずした顔を見た時、イメージが異なってしまうというのか、違和感があり、アレっと思うことはないでしょうか。マスクなしの顔を知っている人の場合、マスクで隠された部分を記憶で補い全体を構成しています。ところが、初対面からマスク姿で、鼻と口を見たことがない場合には、これまで見て来た人々の鼻と口を平均化したものを当てはめる、脳の働きがあります。これを『アモーダル補完』と言います。しかも、脳にとって心地よいと感じる美しいものほど記憶されやすいらしく、それが影響して平均化とはいえ美化されたものになりがちだと言われます。

もっとも、いくら初対面がマスク姿であっても、マスクなしの顔に慣れることにより、知っている人となります。当然、違和感はなくなるわけです。その人の持つ本来の鼻と口が認識されるという、真の補完が行われ、それが記憶されることになるのです。でも、感染が収まらない限りは、今の状態が続くのでしょうね。

 

余談ですが、以前マスク美人という言葉がありました(今もあるのかな?)。現在では、こんなことを言うのとセクハラになりそうですけど。これも上述したように見えない部分が美化されたからですが、その他にもいくつか条件があるようです。マスクにより、目元が強調される。隠れた部分を理想的に想像してしまう。マスクが大きいことで、全体的に小顔に見える。年齢がわかりにくい。表情がわからないことでミステリアスに感じるなどです。そう言えば、マスクをして、ものまねメイクを施す“ざわちん”が、テレビなどを賑わせていた時期がありました。真似をするのは、芸能人などよく知られた人なので、マスクで見えない部分も記憶で補えて似ていると感じたのかと思います。ところが、マスクを取った顔で活動するようになると、イメージが違ったから、魅力がなくなったから、似せるように画像を加工していたなどの理由で、メディアへの露出が減ってしまったようですね。画像の加工云々は論外ですが、マスクをはずしたことでイメージが変わった、魅力がないと評されるとは、『アモーダル補完』の効果が災いしたのでしょうか。

 

でも、違和感と言うなら、その昔「わたし、きれい?」と言って、マスクを取ると口が大きく裂けていた、『口裂け女』はその極致となるのでしょうか。

 

情野

「スタッフのコラム」を更新しました!(R3.6.1)

 TVドラマが最終回を迎えた時や,芸能人の結婚報道後にSNSなどでよく見かける「○○ロス」。ここでいう“ロス”の語源は,英語のlossであり「喪失」の意味を持ちます。また○○の部分には,様々な人や事物が当てはめられるようです。最近だと,「愛の不時着ロス」や「鬼滅(の刃)ロス」(…は,もう古いでしょうか?),「ガッキー(女優の新垣結衣さん)ロス」などが注目されていました。流行や社会現象となる出来事に伴って変化するようで,若年世代を中心に多用されています。

 

 「○○ロス」という言葉は,「ペットロス症候群」に由来する新語・俗語であると言われています。「ペットロス症候群」は,「ペットを失ったことを契機に発生する,疾患,もしくは心身の症状」を意味します。初出は不明ですが,この「ペットロス症候群」から転じて,社会から強く支持される人物や物などを失って,悲しくなったり虚脱感に襲われたりする状態を「○○ロス」と表現するようになったようです。ちなみに,この表現が広く認知されるようになったのは,2013年に新語流行語大賞にノミネートされた「あまロス症候群(ドラマ「あまちゃん」の放送終了後,喪失感を覚える現象)」からであるとされています。

 

 さて,精神分析の世界では,「対象喪失(object loss)」という言葉があります。これは,近親者の死や恋人との別離などの外的対象喪失のみではなく,自分自身の健康を失ったり,理想的に思っていた人物の違う側面を見て幻滅したりといった様々な喪失が含まれています。対象喪失を体験した時に起きる心理的な過程は「喪(mourning)」といい,フロイトは,喪失体験を受け入れ,立ち直っていく心のプロセスを「喪の仕事(mourning work)」と呼びました。

 

 少し逸れてしまいましたが,話を元に戻しましょう。何かに愛着を持ち,熱中することは羨ましいですし,エネルギーを感じます。また「○○ロス」を体験した時に,<喪失を自覚している>ということをカジュアルに言葉で表現することで,寂しさや悲しい気持ち,その時のショックを和らげているのかもしれません。周囲から共感のレスポンスがあれば,安心にも繋がるのではないかと思います。自分自身の喪失感と向き合うには,自分の気持ちをそのままに受け止め,表出したり,その時どきの感情に浸ったりする時間がそれなりに必要なのでしょうね。

 

城戸


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「スタッフのコラム」を更新しました!(R3.5.6)

 

 55日は季節の節目でいうと「端午の節句」、男の子の健やかな成長と健康を願ってお祝いをする日でしたが、「こどもの日」として祝日となり、子どもたちみんなが元気に成長したことをお祈りする日となりました。私たちの支援活動の中では子どもと関わることが多いですが、では、<子ども>とは一体どういった存在を指す言葉なのでしょうか。

 

 そもそも、子どもという考え方は近代になってから生まれたようです。フランスの歴史家であるアリエス(1914-1984)は、自身の著書である『「子供」の誕生 アンシャン・レジーム期の子供と家族生活』(1960)で子どものことを「小さな大人」と表現してします。この時代で「子ども」という考え方はとても新しいものだったようです。しかし、子どもが7~8歳なるまではほとんど動物(家畜とかペット)と同じような扱われ方をされていた記録も残っており、死亡率は高かったようです。

 

 古代ギリシア時代のフィロンが著した『世界の創造』の中では、身体が成熟する時期は22-28歳、精神が成熟する時期は31-42歳頃としており、これに満たない年齢は成人として扱われないとしています。42歳までは子どもということでしょうか。

 

 日本では、1896年(明治29年)制定の民法によって、20歳からを成年として定めた経緯があります。明治時代は19歳までは子どもとして扱われていたのですね。

 

ちなみに、「三つ子の魂百まで」ということわざがありますが、心理学者のボウルビィによれば、人間は3歳までに他者との愛着を形成するそうなので、やはり幼少期の過ごし方は人生の中でも大切な時期であり、大人になってからも人生に深く影響するようです。

 

 色々と考え方はあるようですが、子どもから大人になるまでには時間がかかり、子ども時代の過ごし方によっては、大人と呼べる存在になれるかどうかにも影響を与えるようですね。人間の心理的発達に関心のある方は、エリク・H・エリクソンやジョン・ボウルビィの名前を検索して頂いても面白いですよ。

 

 

 

守屋

 

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相馬フォロアーチームのパンフレットが出来ました!!

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フォロアーチームの様子

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