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相馬フォロアーチームの活動拠点 LVMH子どもアート・メゾン 


理事長あいさつ

  令和元年10月12~13日の台風19号による浸水被害によりLVMH子どもアートメゾンが使用できなくなりました。多くの方々の御配慮と御尽力で同年10月16日から相馬愛育園で事業を再開することができ、令和3年3月中旬までお世話になりました。この間、相馬愛育園の関係者の皆様に大変お世話になり、心から感謝しております。

 令和3年4月1日からLVMH子どもアートメゾンで活動を再開いたしました。この間、長期にわたり事務局長を務めた堀川幸一氏が3月31日をもって退任され、後任に4月1日より山野辺藤夫氏が就任されました。

 新型コロナウイルスは、日本の社会に今まで経験したことのない現象をもたらし、個々の家庭も学校もそれにどう対応するか非常に苦しみました。しかも未だ解決の道筋がはっきり見えてきません。そのような中、最近「こども庁」という組織を内閣府に創設する案が検討されているというニュースが流れました。小・中学校の義務教育のみならず、就学前及び家庭生活まで通した目で見るというような考え方のようで、良い案だと思います。ゲームに使用される多くの時間とネット経由の人間関係、これがどのような日本人を社会に送り出すのか不安でなりません。

 今後とも皆さまのご支援をよろしくお願いいたします。

 

 令和3年5月

 

                               理事長 羽根田万通

 


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「スタッフのコラム」を更新しました!(R3.10.1)

 

 10月は別名「神無月」とも言います。この名称の由来について、一説に出雲大社のお話があります。

 

 10月は日本全国にいる八百万の神様が出雲大社(島根県出雲市)に集まり、会議をする時期と言われています。つまり、その時期だけ神様が地方からいなくなってしまうので、神が無い月、神無月と呼ばれるようになったとするものです。ちなみに、地方に全く神様がいないのも心もとないので、留守番をする神様もいたそうです。留守番をする側も、それはそれで気疲れしそうですが、余計な心配でしょうか。

 

 神様の会議では縁結びなど、人の運命に関わることについて話し合っていたそうです。そのためか出雲大社は縁結びとして有名です。一方、私達の社会では感染症の影響により会議も減っていると思います。神様はわかりませんが、私達も会議で大事なことを話し合う時にしっかりとした検討ができているでしょうか。

 

 ポーランド出身の心理学者であるソロモン・アッシュは、集団行動についてこんな実験をしました。

 

 8人の協力者を集めクイズを出しました。そのうち7名はサクラで、簡単な問題にわざと間違います。残った1人は自信を持って正答を言えるか、という実験です。これを何グループかに試したところ、全体の75%の人が間違った答えを言ってしまう、という結果が出ました。

 

これは「同調現象」と呼ばれるものです。日本人は「和を重んじる」とか「出る杭は打たれる」と言うように、他の人と違うことをしない傾向があるので、この同調現象が起こりやすいと言えます。

 

私達は神様ではないので、人の縁結びを同調現象で誤った運命にすることはありませんが、普段の生活では大切なことはハッキリと口にする勇気も持ち合わせたいですね。

 

 

 

守屋

 

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「スタッフのコラム」を更新しました!(R3.8.1)

○マスクの違和感~アモーダル補完~

 

以前から、本来の衛生上の理由ではなく、常に人前ではマスクをしている“伊達マスク”の人はいましたが、あくまで一部の人でした。ところが、現在のコロナ禍にあっては、マスクがマストアイテムになりました。初対面の時から、素顔ではなくマスクをした状態であることが常態化した感じになっています。マスクをした顔に慣れてしまうと、その人が何かの拍子にマスクをはずした顔を見た時、イメージが異なってしまうというのか、違和感があり、アレっと思うことはないでしょうか。マスクなしの顔を知っている人の場合、マスクで隠された部分を記憶で補い全体を構成しています。ところが、初対面からマスク姿で、鼻と口を見たことがない場合には、これまで見て来た人々の鼻と口を平均化したものを当てはめる、脳の働きがあります。これを『アモーダル補完』と言います。しかも、脳にとって心地よいと感じる美しいものほど記憶されやすいらしく、それが影響して平均化とはいえ美化されたものになりがちだと言われます。

もっとも、いくら初対面がマスク姿であっても、マスクなしの顔に慣れることにより、知っている人となります。当然、違和感はなくなるわけです。その人の持つ本来の鼻と口が認識されるという、真の補完が行われ、それが記憶されることになるのです。でも、感染が収まらない限りは、今の状態が続くのでしょうね。

 

余談ですが、以前マスク美人という言葉がありました(今もあるのかな?)。現在では、こんなことを言うのとセクハラになりそうですけど。これも上述したように見えない部分が美化されたからですが、その他にもいくつか条件があるようです。マスクにより、目元が強調される。隠れた部分を理想的に想像してしまう。マスクが大きいことで、全体的に小顔に見える。年齢がわかりにくい。表情がわからないことでミステリアスに感じるなどです。そう言えば、マスクをして、ものまねメイクを施す“ざわちん”が、テレビなどを賑わせていた時期がありました。真似をするのは、芸能人などよく知られた人なので、マスクで見えない部分も記憶で補えて似ていると感じたのかと思います。ところが、マスクを取った顔で活動するようになると、イメージが違ったから、魅力がなくなったから、似せるように画像を加工していたなどの理由で、メディアへの露出が減ってしまったようですね。画像の加工云々は論外ですが、マスクをはずしたことでイメージが変わった、魅力がないと評されるとは、『アモーダル補完』の効果が災いしたのでしょうか。

 

でも、違和感と言うなら、その昔「わたし、きれい?」と言って、マスクを取ると口が大きく裂けていた、『口裂け女』はその極致となるのでしょうか。

 

情野

「スタッフのコラム」を更新しました!(R3.6.1)

 TVドラマが最終回を迎えた時や,芸能人の結婚報道後にSNSなどでよく見かける「○○ロス」。ここでいう“ロス”の語源は,英語のlossであり「喪失」の意味を持ちます。また○○の部分には,様々な人や事物が当てはめられるようです。最近だと,「愛の不時着ロス」や「鬼滅(の刃)ロス」(…は,もう古いでしょうか?),「ガッキー(女優の新垣結衣さん)ロス」などが注目されていました。流行や社会現象となる出来事に伴って変化するようで,若年世代を中心に多用されています。

 

 「○○ロス」という言葉は,「ペットロス症候群」に由来する新語・俗語であると言われています。「ペットロス症候群」は,「ペットを失ったことを契機に発生する,疾患,もしくは心身の症状」を意味します。初出は不明ですが,この「ペットロス症候群」から転じて,社会から強く支持される人物や物などを失って,悲しくなったり虚脱感に襲われたりする状態を「○○ロス」と表現するようになったようです。ちなみに,この表現が広く認知されるようになったのは,2013年に新語流行語大賞にノミネートされた「あまロス症候群(ドラマ「あまちゃん」の放送終了後,喪失感を覚える現象)」からであるとされています。

 

 さて,精神分析の世界では,「対象喪失(object loss)」という言葉があります。これは,近親者の死や恋人との別離などの外的対象喪失のみではなく,自分自身の健康を失ったり,理想的に思っていた人物の違う側面を見て幻滅したりといった様々な喪失が含まれています。対象喪失を体験した時に起きる心理的な過程は「喪(mourning)」といい,フロイトは,喪失体験を受け入れ,立ち直っていく心のプロセスを「喪の仕事(mourning work)」と呼びました。

 

 少し逸れてしまいましたが,話を元に戻しましょう。何かに愛着を持ち,熱中することは羨ましいですし,エネルギーを感じます。また「○○ロス」を体験した時に,<喪失を自覚している>ということをカジュアルに言葉で表現することで,寂しさや悲しい気持ち,その時のショックを和らげているのかもしれません。周囲から共感のレスポンスがあれば,安心にも繋がるのではないかと思います。自分自身の喪失感と向き合うには,自分の気持ちをそのままに受け止め,表出したり,その時どきの感情に浸ったりする時間がそれなりに必要なのでしょうね。

 

城戸


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「スタッフのコラム」を更新しました!(R3.5.6)

 

 55日は季節の節目でいうと「端午の節句」、男の子の健やかな成長と健康を願ってお祝いをする日でしたが、「こどもの日」として祝日となり、子どもたちみんなが元気に成長したことをお祈りする日となりました。私たちの支援活動の中では子どもと関わることが多いですが、では、<子ども>とは一体どういった存在を指す言葉なのでしょうか。

 

 そもそも、子どもという考え方は近代になってから生まれたようです。フランスの歴史家であるアリエス(1914-1984)は、自身の著書である『「子供」の誕生 アンシャン・レジーム期の子供と家族生活』(1960)で子どものことを「小さな大人」と表現してします。この時代で「子ども」という考え方はとても新しいものだったようです。しかし、子どもが7~8歳なるまではほとんど動物(家畜とかペット)と同じような扱われ方をされていた記録も残っており、死亡率は高かったようです。

 

 古代ギリシア時代のフィロンが著した『世界の創造』の中では、身体が成熟する時期は22-28歳、精神が成熟する時期は31-42歳頃としており、これに満たない年齢は成人として扱われないとしています。42歳までは子どもということでしょうか。

 

 日本では、1896年(明治29年)制定の民法によって、20歳からを成年として定めた経緯があります。明治時代は19歳までは子どもとして扱われていたのですね。

 

ちなみに、「三つ子の魂百まで」ということわざがありますが、心理学者のボウルビィによれば、人間は3歳までに他者との愛着を形成するそうなので、やはり幼少期の過ごし方は人生の中でも大切な時期であり、大人になってからも人生に深く影響するようです。

 

 色々と考え方はあるようですが、子どもから大人になるまでには時間がかかり、子ども時代の過ごし方によっては、大人と呼べる存在になれるかどうかにも影響を与えるようですね。人間の心理的発達に関心のある方は、エリク・H・エリクソンやジョン・ボウルビィの名前を検索して頂いても面白いですよ。

 

 

 

守屋

 

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相馬フォロアーチームのパンフレットが出来ました!!

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PDFファイル 366.7 KB

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フォロアーチームの様子

事務所便り(ブログ)は こちら