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   理事長あいさつ

 令和4年3月16日夜半の地震は、相馬地方に大きな被害を与えました。震度6強の揺れは、城下町の雰囲気を持った市内の多くの古い家屋を破壊しました。土台外壁、内壁、戸や窓の開け閉め、屋根の棟や瓦の崩落などの被害の上に、タンスや本棚が倒れ、物が山のように散乱し、陶磁器やガラス製品も割れ、家の内も外も大混乱な様子です。これらの所有者には年輩の方々が多く、片付けがなかなか進まないと困っています。現在、被災家屋の取り壊しが所々で始まっていますが、皆さんから「新築するなら、地震に強いコンパクトな家がよい」という話を聞きます。松川浦の旅館業の方々は、コロナ禍で客足が減っているところに昨年2月の地震で被害を受け、やっと直して、これからというとこで今回の地震ですから二重、三重にと大変な被害状況です。

 私の印象ですが、年輩の方々を中心に沈みがちになっているように感じられます。子どもたちへのカウンセリングと同時に年輩者へのカウンセリングも必要になってくるだろうと感じています。

 また、地域文化が大きく変わるだろうと考えています。❝相馬地方は、災害が少ない地域、気候は温暖、魚も里の産物もうまい❞こんな地域観が今後も持ち続けて行けるのか不安です。

 ネット社会の拡大の中で、子どもたちを守るための法・体制が整備・強化されてきています。それと同時に、この地方の先輩者の心のケアにも何らかの働きかけが必要になってきているように思います。

 今後とも皆さまのご支援をよろしくお願いいたします。

 令和4年4月

                        理事長 羽根田 万通

 

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相馬フォロアーチームの活動拠点 LVMH子どもアート・メゾン 



「スタッフのコラム」を更新しました!(R4.8.19)

 小中学生の皆さん、楽しかった夏休みも終わり、2学期が始まりますね。夏休みの宿題はもう終わりましたか。皆さんは、宿題をやっているときについ別のことを考えてしまい、宿題があまり進まなかった... という経験はありませんか?

 

 このような現象を心理学では『マインドワンダリング(Mind Wandering)』と呼んでいて、今やっていることと、関係のないことを思い浮かべる現象を指します(ワンダリングとは「さまよう」という意味です)。授業中に全く関係のないことを思い浮かべてしまう、気づいたら過去の失敗について考えていた、といった経験は誰にでもあるのではないかと思います。実際に、一日の内に約40%はマインドワンダリングをしている、という研究データもあります。

 

 では、マインドワンダリングは私たちの生活にどのような影響を与えているのでしょうか。いくつかの研究では、マインドワンダリングによって注意力が低下し、成績が低下する、作業のスピードが落ちる、などの悪い影響があると分かっています。確かにその通りですが、悪い影響だけかというとそんなことはありません。良い影響を与えていることも報告されています。例えば、創造的思考を促進し、良いアイディアが思いつく、将来の計画についてきちんと考えることができる、精神的なリラックス効果がある、などです。

 私たちの生活に良くも悪くも影響を与えているマインドワンダリングですが、誰にでも起こる現象だからこそ、上手く付き合うことが大切になってきますね。

 

飯高

<参考文献>

関口貴裕, 森田泰介, & 雨宮有里. (2014). ふと浮かぶ記憶と思考の心理学─ 無意図的な心的活動の基礎と臨床─ 北大路書房. など

 

「スタッフのコラム」を更新しました!(R4.6.1)

〇「共感的な理解を深めるもの…」

 

 私たち心理士、カウンセラーと称される職業にある者は、「共感的な理解」を大切にしています。

でもこれは、特別な事ではなく、「そうだったんだねぇ。」「辛かったね。」など、相手の気持ちに寄り添うような声かけも含まれ、みなさんも日頃行っている事だと思います。私自身も周囲の方のそういった心遣いにとても救われています。そして、私自身も相手の話を聴かせて頂く時には、そうした「共感的な理解」を心がけています。そしてその時には、相手の言葉からどんな状況だったのか想像力を働かせる事もしますが、自分自身も過去に同じような経験をした事がある場合はその時の感情を少し取り出して参考にする事があります。もちろん、自分が体験した事と相手が体験した事は同じものではないので、誤った理解をしないように気を付けています。

 

 ご高齢になられても第一線でご活躍なされた、医師の日野原重明先生は、ご著書の中で次のように述べられています。

 

 ~ほかの人の痛みをそのまま体験することはできません。 

   けれど、共感することならばできます。~

 

日野原先生は、ご自身が大学1年生だった時に、結核を患い8ヶ月もの間ベッドから立ち上がる事ができずに大変苦しい思いをされました。病気になると、体の具合が悪いだけではなく、心も元気がなくなってしまうこと。勉強できずに、強い焦りを感じたこと。夜の病棟で感じた絶望感…。その後大変素晴らしいご功績を残される医師になられたわけですが、この時の辛い体験が後に医師として働く上で役に立ったとおっしゃられています。

 

~患者さんがどんな痛みで苦しんでいるのか、そして病気のためにどれほど気持ちがふさいでしまっているのかを、わたしは自分の病気の体験を手掛かりにして想像することができます。~

 

 今、悩んでいることや辛い思いをしていることは、誰かの苦しい気持ちに共感するその時に、そっと取り出せる大事な財産になるかもしれません。そして、その深い共感的な理解は誰かの生きる力を応援してくれるのだと思います。

                                           阿部

 

 

【引用文献】 日野原重明  十歳のきみへ-九十五歳のわたしから

 

 (株式会社冨山房インターナショナル)

「スタッフのコラム」を更新しました!(R4.4.27)

○賢いハンス

 

 よく、「うちの犬は言いつければ新聞を取って来る」だとか、「うちの猫はいただきますとしゃべる」とか、自分が飼っているペットの賢さを自慢する日本国民の何と多いことか。(『チコちゃんに叱られる』風に)

 

 かつて、19世紀末から20世紀初頭にかけた頃のドイツに人間の言葉を理解し、足し算、引き算、掛け算、割り算など計算は言うに及ばず、日付、時間、音階も理解できることで一躍名をはせた一頭の馬がいました。ハンスという名前でしたが、人語を理解し計算ができることから、『りこうなハンス』と呼ばれていました。心理学の教科書には、“賢いハンス”または“賢馬ハンス”などと記載されています。

 ドイツ人のフォン・オステンさんが、高等動物は人間と同じくらいりこうであると考え、1頭の馬ハンスを約2年の歳月をかけて教育しました。するとハンスは自分の考えを伝えるのに「そうだ」、あるいは「ちがう」というふうに首を振りました。その他の種類の答えを要する質問(算数)への回答は、前足のひづめでとんとんと床を打ち鳴らして知らせるようになりました。それから、オステンさんはハンスが質問に対し首を振ったり、ひづめを打ち鳴らす様子をドイツ中見せて回りました。2年もすると『りこうなハンス』の名で有名になりました。実際は多くの人は半信半疑でしたが、オステンさんはハンスを金もうけの道具にはせず、見物料も取りませんでした。批判的な質問にも嫌がらず答えていました。調査委員会が結成されても受け入れていました。その委員会によって、正真正銘賢い馬であるとお墨付きをもらったことがあります。その後、結果を聞いた心理学者のプングストが,検証をやってみました。問題の正解を知らない人をハンスの前に置くと、ほとんど正解しなくなりました。ハンスは質問者をじっと見つめながら、ひづめをいつまでも打ち鳴らしていました。実はハンスは本当に答えを知っていたわけではなく、人の表情や動作等に反応していたことがわかりました。

 

 後に『クレバー・ハンス効果(現象)』と命名され、観察者期待効果(観察している人が望む結果を導き出す)と言われました。また、人間や動物は他の個体の表情や仕草を参考に判断することが多いと社会心理学でも言われることがあったとか。もしかすると、馬がその場の空気を読んでいたのでしょうか。ただ、ハンスを教育したオステンさんは、癇癪持ちで、できないとハンスにお仕置きしたりきつく当たったそうなので、怖くてそうなったのかも知れません。馬にしても、人間にしても、痛い思いはしたくないですからね。

情野

 

 

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「スタッフのコラム」を更新しました!(R4.2.2)

                            ●『夜と霧』に学ぶ


 私たちは、新型コロナウイルス(COVID-19)の蔓延という、いまだかつて経験したことのない状況下の世界に生きています。私たち人類は根絶すべく対策を講じていますが、新型コロナウイルスはそれを嘲笑うがごとく、手を変え品を変え株を変え、その都度感染を拡大させ、いつ終わりを迎えるのかわかりません。この不確実さの中、経済を含め生活の不安に晒されたり、日々の閉塞感に苦しむ方もいるかと思います。私は何ら実効的な解決策は提案できるわけではありません。しかし、もう少し耐えるために、70年以上前の第二次世界大戦中、アウシュヴィッツに代表される強制収容所で、生き抜くため実践された知恵が参考になると思います。

 

それは、オーストリアの精神科医フランクルが、自身の強制収容所体験について書いた『夜と霧』です。収容所は衣食住、どれをとっても満足とはほど遠い極限状態の中、加えて厳しい労働も強いられる場でした。しかも、この状況がいつ終わるか、収容者には予想できないのです。当時の明確な終わりは、絶望し、生への意欲を失って、ガス室に送られるという形しかなかったのです。

 

フランクルは、建築現場で働いた時、気心の知れた仲間と毎日義務として最低一つは〈笑い話〉を作ることを持ちかけました。その題材に選んだのは、いつか解放され、故郷に帰ってから起こるかも知れないことを想定したものでした。ユーモアとは「ほんの数秒でも、周囲から距離をとり、状況に打ちひしがれないために、人間にそなわっている」もので、自分を見失わないための“魂の武器”になると、フランクルは言いました。

 

話は少し変わりますが、現代では“笑い”の効用は科学的にも解明されつつあると言われます。口角を上げ笑った表情を作るだけで脳が影響を受け、考え方がポジティブになるということがわかってきたのです。脳内物質のエンドルフィンが放出され、脳が楽観的になり、前頭葉が前向きに機能するのです。その意味では、無事解放され帰郷できた時の〈笑い話〉をするのは、まさに効果的だったと考えられます。

 

また、フランクルは、自然や芸術に触れる体験も生命力の充足に奏功したことを語っています。「わたしたちは、アウシュヴィッツからバイエルン地方にある収容所に向かう護送車の鉄格子の隙間から、頂が今まさに夕焼けの茜色に照り映えているザルツブルグの山並みを見上げて、顔を輝かせ、うっとりとしていた。(略)何年ものあいだ目にできなかった美しい自に魅了されたのだ」と。またある時は「秘密の巨大地下軍需工場を建設していたバイエルンの森で、今まさに沈んでいく夕日の光が、そびえる木立のあいだから射しこむさまが、まるでデューラー*の有名な水彩画のようだったりしたときなどだ」と。はっきり書かれているわけではありませんが、感動するという感情を忘れないことが、生存には欠かせなかったのだと思われます。

 

 

現在、私たちの置かれた状況は、強制収容所のように過酷なものと同等だとは、言えないかも知れません。それでも、極限状況で生み出されたこの“英知の結晶”が役に立つ時なのではないでしょうか。

                    情野


*アルブレヒト・デューラー ドイツのルネサンス期の画家、版画家、数学者

 

参考文献: 夜と霧(みすず書房)新版 フランクル,V.E著 池田香代子訳

 

       プロフェッショナルたちの脳活用法(NHK出版) 茂木健一郎 / NHK「プロフェッショナル」制作班

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「スタッフのコラム」を更新しました!(R3.12.1)

 

 12月になり本格的に冬が近づいてきました。寒い朝は布団から起き上がるのを辛く感じますね。布団に纏わる話という訳ではありませんが,今回のコラムでは「安心毛布」というテーマで話をしていきたいと思います。

 

 さて,スヌーピーで有名なPEANUTSという漫画に登場するライナスというキャラクターは,いつもお気に入りの青い毛布を携える姿がトレードマークです。このライナスの毛布を「安心毛布」と呼ぶようです。乳幼児は断乳などによる不安やストレスを和らげるために毛布やタオル,ぬいぐるみなどを肌身離さず持ち安心を得ることがあります。そういった愛着対象を心理学では「安心毛布」と呼びます。

 

 またイギリスの精神科医ドナルド・ウィニコットが提唱した「移行対象」という概念は,この「安心毛布」の観点から解説されることがあります。「移行対象」とは移行期と呼ばれる1~3歳頃に肌身離さず持つ無生物の対象で,特に不安が高まったときに抱きしめたり握りしめたりする愛着対象を指します。

 乳幼児は必要に応えてくれる母親に依存し,常に欲求が満たされることで全能感という錯覚を持ちます。ウィニコットによると,移行期に躾などが始まることでその錯覚が崩壊されるといいます。それによって,子どもは失敗し,欲求不満の体験や不安感を持ちますが,この時に母親の感覚を思い出させる移行対象に触れることで,欲求不満や不安を軽減させようと試みます。

 子どもの主体性などが育つと外の世界と安定した相互作用ができるようになり,全能感は適度な自尊心へと変化していくといいます。このことをウィニコットは脱錯覚と呼びました。移行対象は乳幼児期の脱錯覚されていく過程における代理的対象になるのです。

 

 子どもは環境が大きく変化する時に不安を抱きますが,その不安感情を和らげようと「安心毛布」を持ち続ける様子がみられることがあります。「安心毛布」から無理に離そうとせず,それが自立の一歩であると理解して,見守ることが大切かもしれません。

 

城戸

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「スタッフのコラム」を更新しました!(R3.10.1)

 

 10月は別名「神無月」とも言います。この名称の由来について、一説に出雲大社のお話があります。

 

 10月は日本全国にいる八百万の神様が出雲大社(島根県出雲市)に集まり、会議をする時期と言われています。つまり、その時期だけ神様が地方からいなくなってしまうので、神が無い月、神無月と呼ばれるようになったとするものです。ちなみに、地方に全く神様がいないのも心もとないので、留守番をする神様もいたそうです。留守番をする側も、それはそれで気疲れしそうですが、余計な心配でしょうか。

 

 神様の会議では縁結びなど、人の運命に関わることについて話し合っていたそうです。そのためか出雲大社は縁結びとして有名です。一方、私達の社会では感染症の影響により会議も減っていると思います。神様はわかりませんが、私達も会議で大事なことを話し合う時にしっかりとした検討ができているでしょうか。

 

 ポーランド出身の心理学者であるソロモン・アッシュは、集団行動についてこんな実験をしました。

 

 8人の協力者を集めクイズを出しました。そのうち7名はサクラで、簡単な問題にわざと間違います。残った1人は自信を持って正答を言えるか、という実験です。これを何グループかに試したところ、全体の75%の人が間違った答えを言ってしまう、という結果が出ました。

 

これは「同調現象」と呼ばれるものです。日本人は「和を重んじる」とか「出る杭は打たれる」と言うように、他の人と違うことをしない傾向があるので、この同調現象が起こりやすいと言えます。

 

私達は神様ではないので、人の縁結びを同調現象で誤った運命にすることはありませんが、普段の生活では大切なことはハッキリと口にする勇気も持ち合わせたいですね。

 

 

 

守屋

 

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「スタッフのコラム」を更新しました!(R3.8.1)

○マスクの違和感~アモーダル補完~

 

以前から、本来の衛生上の理由ではなく、常に人前ではマスクをしている“伊達マスク”の人はいましたが、あくまで一部の人でした。ところが、現在のコロナ禍にあっては、マスクがマストアイテムになりました。初対面の時から、素顔ではなくマスクをした状態であることが常態化した感じになっています。マスクをした顔に慣れてしまうと、その人が何かの拍子にマスクをはずした顔を見た時、イメージが異なってしまうというのか、違和感があり、アレっと思うことはないでしょうか。マスクなしの顔を知っている人の場合、マスクで隠された部分を記憶で補い全体を構成しています。ところが、初対面からマスク姿で、鼻と口を見たことがない場合には、これまで見て来た人々の鼻と口を平均化したものを当てはめる、脳の働きがあります。これを『アモーダル補完』と言います。しかも、脳にとって心地よいと感じる美しいものほど記憶されやすいらしく、それが影響して平均化とはいえ美化されたものになりがちだと言われます。

もっとも、いくら初対面がマスク姿であっても、マスクなしの顔に慣れることにより、知っている人となります。当然、違和感はなくなるわけです。その人の持つ本来の鼻と口が認識されるという、真の補完が行われ、それが記憶されることになるのです。でも、感染が収まらない限りは、今の状態が続くのでしょうね。

 

余談ですが、以前マスク美人という言葉がありました(今もあるのかな?)。現在では、こんなことを言うのとセクハラになりそうですけど。これも上述したように見えない部分が美化されたからですが、その他にもいくつか条件があるようです。マスクにより、目元が強調される。隠れた部分を理想的に想像してしまう。マスクが大きいことで、全体的に小顔に見える。年齢がわかりにくい。表情がわからないことでミステリアスに感じるなどです。そう言えば、マスクをして、ものまねメイクを施す“ざわちん”が、テレビなどを賑わせていた時期がありました。真似をするのは、芸能人などよく知られた人なので、マスクで見えない部分も記憶で補えて似ていると感じたのかと思います。ところが、マスクを取った顔で活動するようになると、イメージが違ったから、魅力がなくなったから、似せるように画像を加工していたなどの理由で、メディアへの露出が減ってしまったようですね。画像の加工云々は論外ですが、マスクをはずしたことでイメージが変わった、魅力がないと評されるとは、『アモーダル補完』の効果が災いしたのでしょうか。

 

でも、違和感と言うなら、その昔「わたし、きれい?」と言って、マスクを取ると口が大きく裂けていた、『口裂け女』はその極致となるのでしょうか。

 

情野

「スタッフのコラム」を更新しました!(R3.6.1)

 TVドラマが最終回を迎えた時や,芸能人の結婚報道後にSNSなどでよく見かける「○○ロス」。ここでいう“ロス”の語源は,英語のlossであり「喪失」の意味を持ちます。また○○の部分には,様々な人や事物が当てはめられるようです。最近だと,「愛の不時着ロス」や「鬼滅(の刃)ロス」(…は,もう古いでしょうか?),「ガッキー(女優の新垣結衣さん)ロス」などが注目されていました。流行や社会現象となる出来事に伴って変化するようで,若年世代を中心に多用されています。

 

 「○○ロス」という言葉は,「ペットロス症候群」に由来する新語・俗語であると言われています。「ペットロス症候群」は,「ペットを失ったことを契機に発生する,疾患,もしくは心身の症状」を意味します。初出は不明ですが,この「ペットロス症候群」から転じて,社会から強く支持される人物や物などを失って,悲しくなったり虚脱感に襲われたりする状態を「○○ロス」と表現するようになったようです。ちなみに,この表現が広く認知されるようになったのは,2013年に新語流行語大賞にノミネートされた「あまロス症候群(ドラマ「あまちゃん」の放送終了後,喪失感を覚える現象)」からであるとされています。

 

 さて,精神分析の世界では,「対象喪失(object loss)」という言葉があります。これは,近親者の死や恋人との別離などの外的対象喪失のみではなく,自分自身の健康を失ったり,理想的に思っていた人物の違う側面を見て幻滅したりといった様々な喪失が含まれています。対象喪失を体験した時に起きる心理的な過程は「喪(mourning)」といい,フロイトは,喪失体験を受け入れ,立ち直っていく心のプロセスを「喪の仕事(mourning work)」と呼びました。

 

 少し逸れてしまいましたが,話を元に戻しましょう。何かに愛着を持ち,熱中することは羨ましいですし,エネルギーを感じます。また「○○ロス」を体験した時に,<喪失を自覚している>ということをカジュアルに言葉で表現することで,寂しさや悲しい気持ち,その時のショックを和らげているのかもしれません。周囲から共感のレスポンスがあれば,安心にも繋がるのではないかと思います。自分自身の喪失感と向き合うには,自分の気持ちをそのままに受け止め,表出したり,その時どきの感情に浸ったりする時間がそれなりに必要なのでしょうね。

 

城戸


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「スタッフのコラム」を更新しました!(R3.5.6)

 

 55日は季節の節目でいうと「端午の節句」、男の子の健やかな成長と健康を願ってお祝いをする日でしたが、「こどもの日」として祝日となり、子どもたちみんなが元気に成長したことをお祈りする日となりました。私たちの支援活動の中では子どもと関わることが多いですが、では、<子ども>とは一体どういった存在を指す言葉なのでしょうか。

 

 そもそも、子どもという考え方は近代になってから生まれたようです。フランスの歴史家であるアリエス(1914-1984)は、自身の著書である『「子供」の誕生 アンシャン・レジーム期の子供と家族生活』(1960)で子どものことを「小さな大人」と表現してします。この時代で「子ども」という考え方はとても新しいものだったようです。しかし、子どもが7~8歳なるまではほとんど動物(家畜とかペット)と同じような扱われ方をされていた記録も残っており、死亡率は高かったようです。

 

 古代ギリシア時代のフィロンが著した『世界の創造』の中では、身体が成熟する時期は22-28歳、精神が成熟する時期は31-42歳頃としており、これに満たない年齢は成人として扱われないとしています。42歳までは子どもということでしょうか。

 

 日本では、1896年(明治29年)制定の民法によって、20歳からを成年として定めた経緯があります。明治時代は19歳までは子どもとして扱われていたのですね。

 

ちなみに、「三つ子の魂百まで」ということわざがありますが、心理学者のボウルビィによれば、人間は3歳までに他者との愛着を形成するそうなので、やはり幼少期の過ごし方は人生の中でも大切な時期であり、大人になってからも人生に深く影響するようです。

 

 色々と考え方はあるようですが、子どもから大人になるまでには時間がかかり、子ども時代の過ごし方によっては、大人と呼べる存在になれるかどうかにも影響を与えるようですね。人間の心理的発達に関心のある方は、エリク・H・エリクソンやジョン・ボウルビィの名前を検索して頂いても面白いですよ。

 

 

 

守屋

 

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相馬フォロアーチームのパンフレットが出来ました!!

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フォロアーチームの様子

事務所便り(ブログ)は こちら